後に分かったことだが、担当女性(以下Y氏)は35歳既婚。
短大卒ですぐX社に入社し、セールスレディを長らく経験し、僕が出会った頃は新人教育を中心とする内勤を仕事としていた。
同じ営業パーソンとして初対面の雰囲気は気になるものだが、意外にも非常に良かった。
僕の中の固定観念とも言える、いわゆる「日本社のセールスレディ」ではなかった。
実際話しても、声はきちんと出るし、発音も明瞭、これだけ緊張する状況の中でも自分が言いたいことを的確に相手に伝える能力を備えていた。
一瞬僕の中で迷いが起きた。
「この人ならきちんと説明しているかも知れない・・・」と。
しかし目的は義父母に協力することである。
挨拶が終わり、前回同様義父が思っているままを話し始めた。
「あのさ、あんたオレの会社に来てバタバタした中で新しい保険の説明をしよったけど、死亡が減るって言ってなかろ?」
Y氏「いいえ、あの時使った資料と同じものがこれですけど、ご説明致しました。」
義父「いいや、オレは聞いとらんよ。契約はここでしたろ? その時家内もおったけど、家内も聞いとらんって言っとるさ。」
Y氏「いえ、ご説明したはずなんですが・・・」
予想通りの展開だ。
これでは水掛け論で終わり、決着が付くはずがない。
ここで支社長が口を開いた。
「昨日もYと会社で話したんですが、本人は説明したと言っておるんです。もちろん私は同席していませんでしたから真偽は分からないのですが、言ったという証拠もないなら、言わなかったという証拠もないわけで、このことに関しては結論が出ないと思うんですね。」
もっともな表現だった。
このまま裁判に持ち込めば、こちらに勝ち目はない。
是非ともそれは避けなければならない。
義父がやや興奮し、
「あんた、入院が1万円になるとばっかり言いよったろうが! オレはそれしか頭に残ってないよ!」
Y氏「それは確かにお客様にとって大変良いことなので申し上げましたが、死亡保障が下がることも同時に申し上げたと思います。」
なにしろ、遡ること2年近く前のことだ。
これでは埒が明かない。
会話に参加しなければならない時が来たと感じた。
僕はまずY氏に聞いてみた。
「Yさん、これは転換ですよね。」
「はい、そうです。」とY氏。
「転換の時、契約者保護という観点から必ず説明しなければならないことを今言ってみてください。」
「・・・契約者保護とおっしゃいますと・・・」Y氏はややうろたえた。
「え? 即答できないんですか? ならば保険業法の禁止事項をいくつか言ってください。」
Y氏はさらにうろたえたが少し間をおき、きっぱりこう言った。
「すみません。 分かりません。」
実はこの時のY氏の潔さに、僕は内心感動すら覚えていた。
だが、スタンスを変えるわけには行かない。
僕はたたみ掛けた。
「通常、会社の勧誘方針を持っているはずですね。今見せてください。」
Y氏はすでにお手上げ状態だった。
「すみません。持っていません。」
今度は支社長に問いかけてみた。
「天下のX社ともあろうものが、保険業法の禁止事項さえ教育していないんですか?」
「申し訳ありません。定期的には教育しているんですが、暗誦までの教育にはなっていませんでした。」
「では、あなたが今ここで暗誦してください。」
「・・・・・」支社長もかなり怯んでいた。
ここまでのことを僕は計画の一部に盛り込んでいたのだが、実は1つや2つは答えるだろうと予測していた。
まさか1つも答えられないとは思っていなかったため、内心あきれ返って同業者として悲しくさえなっていた。